Cave de Oyaji

 

コート・デュ・ローヌの旅(後編)

                                前編はこちら

                                                  中篇はこちら

                                                       エピローグ

 

 

ケランヌのダンジョン(城)への登り道

ムール・ド・タンドール ゲスト・ルーム

 

ダンテル・ド・モンミライユ

ジゴンダス遠景

   

ラストーの中心広場        ラストー街角の看板

 

ケランヌ村に滞在して3日目(3/5)、宿で朝食を終えた後、ケランヌ村を散策しました。周囲を葡萄畑に囲まれた街の中心小高い丘の上にはチャペルや城壁などの城跡が残っております。見知らぬ東洋人が歩いていても現地の方は出会う度に挨拶してくれる。のどかでおおらかな農村風景がありました。昨晩は泊まっているホテルで夕食、非常に美味しい魚のスープにありつけましたが調子に乗って肉料理まで頼んでしまいました。美味しい料理でもその量には圧倒されて降参。でも楽しい夕餉ではありました。ホテルのマダムは日本に商用で滞在した事があるそうでそんな思い出を話しながら夜長を過ごしたのです。

さて、今日もドメーヌ巡りを続行します。午前中はお隣ラストー近郊にあるシャトー・ムール・ド・タンドールです。

 

シャトー・ムール・ド・タンドール

ラストーの市街地を離れ一面の葡萄畑の中にこのドメーヌはあります。(ローヌでは皆そうですが)到着するとオーナー御夫妻が出迎えてくれ、早速ゲスト・ルームでお話を聞くことになりました。午前中にも拘らずマダムはスーツを着こなし、物静かに相対されるのには少し驚きましたが、それはれっきとしたワイン生産農家としての礼儀ととらえるべきでしょう。さらに話を進めていくとこの生産者では決してワイン畑及びワイン生産現場を公開しないのだそうです。理由はともかくある意味でワインに関する明確なスタンスを肌で感じ取る事が出来る。

この格調高いワイナリーを訪問する事にした訳には少し伏線があります。ラストーの高瀬さんのアパートで夕食をご馳走になった際、ここのワインをいただきました。私は銘柄名を全く知らないワインばかりですが、タンドールのワインだけは「おかわり」しちゃうんだね。「気に入っていただけました?」と高瀬さんがおっしゃる意味が良く判る。非常に艶やかで丸みを帯びた果実味とでも言いましょうか。グルナッシュのワインとしては優しいワインなのです。で、このドメーヌ訪問と相成りました。お気に入りのワインは是非訪ねてみたい。

テイスティングは2000年から2002年までのコート・デュ・ローヌ及びヴィラージュの赤。全てグルナッシュ100%です。これは意外に珍しい作風なのです。ワインはほとんどフランス国内で販売されますが今回初めて日本に若干輸出するそうで、私もこのワインを扱う事にしました。ある意味、このような傾向の味わいがコート・デュ・ローヌの本道の様な気もします。

 

ジゴンダスで

帰り路少し寄り道をしてモンミライユの断崖を見学。ジゴンダスの村を通って麓まで行きました。地殻変動で隆起した石灰岩質の岩肌は奇観そのものですが、このあたりの標高が高いのはジゴンダスの畑に恵みをもたらす地形です。此処に来るまでの間、ブリュッセ、サンタ・デュック、ヴァイダル・フルーリなどのドメーヌも確認出来ました。

 

「ガリーグ(Garigue)の香りってご存知ですか?」と高瀬さんが問われる。ガリーグとは仏語で南仏の潅木地帯を示しますが、ローヌ銘柄にはこの名前がよく冠せられます。日本にいる時はそんなワインを飲んでそんなものかと思うのみですが、実際にモンミライユの麓の雑木林は香草の香り豊かでいかにもこの地方の香りそのものを味わうようでした。ハーブ類がそこかしこに繁っているのです。なんともいえない複雑で土臭い香りなのですが、オイリーで思わず食欲をそそられる一種官能的な香り。この地方のワインにもこの香りがベースになる事はよく理解出来ます。

 

昼飯はまたもやラストーの高瀬さん宅でお世話になりました。ラストーにもワイン造りの名人が数多く住まいし、街角の案内板にも著名なドメーヌ名が連なっております。ラ・スマド、シャラヴァン、デュランなどなど、やはり何度も訪れるべき所になりそうですね(苦笑)。ラストーの広場にはプラタナスの大木が廻りを囲んで歴史の古さを語っています。今度はこの木々に青々とした葉の茂る季節に訪問しようと思いました。どうも私自身短期間でこのあたりの土地柄になじんできてしまっております。起伏のある石畳の道を家々の土壁に沿って歩くのはなんとも気分が良い。

 

 

 

シャトー・デュック

デュックのテイスティングルーム

ベルナール・プラディエ氏

キュベ・シルヴィアンヌのエチケット図柄

シャトー・デュック

昼飯をすまして、ラストーから30分ほど北上してユショー村のシャトー・デュックを訪れました。

当主ベルナール・プラディエ氏の造るワインはその多くの銘柄を我が家でも扱っております。Cave de Oyaji Ch.d`Huges今回はいわば表敬訪問なのです。親爺は彼のワインは非常に高く評価するもので、常々このドメーヌは一度是非訪ねてみたいと思っておりました。

 

ワインの醸造行程やストックの見学を案内してくれたのはベルナールのご子息バスチャン君です。彼は自他共に認める日本贔屓で空手なんぞ習っております。見学後ベルナールが現れて私にいろいろ記念品をくれる。実は彼はヴィニロンであると共に画家なのです!テイスティングルームはむしろアトリエの観を呈しておりました。気軽に持参のスケッチブックにサインし、記念のポスターや画集にもサインしていただきました。彼の絵の多くの題材は葡萄農家の日常やドメーヌ周囲の風景、もちろん彼のワインには自筆のエチケットが飾られております。

デュックのワインには突出した味わいは少ないのですが限りない優しさと実直なまでのテロワールの反映とも言うべきボディバランスの特徴がある。それは画家としてのワインにおけるひとつの表現法に他ならないのだと痛切に感じました。現代的ローヌワインの作家によるこれでもか、と言った強烈な醸造での主張はありません。しかしそれが返ってこの地でのごく自然な日常での生活を表す作風となっているのではないでしょうか。これは私が年来追求する「飲み飽きないワイン」のテーマに等しい傾向を示すものなのです。

ワインのテイスティングは楽しく、かつ話題豊かなものでしたがそれは従来の彼のワインの味わいを確認する為だけのものです。このシャトーもこのままでは恐らく日本では引く手あまたなのでしょう。実際に「おたくのワインを売ってくれ」と今でもオファーがあるそうです。でも、プラディエ氏は今の取引先を大事にする、と名言しておりました。ベルナールは日本で個展を開催したいとの希望も話してくれました。実現するには多少時間が掛かりそうですが、親爺も実現の暁にはブースでワインをサービスする位のお手伝いはしたいものです。

 

 

         シャトー・ラヤス         “ラヤスへの道”

ラヤス醸造蔵内でレイノー氏と親爺

 

CNDP CH. RAYAS       エマニュエルのサイン

ラヤスのグルナッシュ畑

グルナッシュの古木

 

シャトー・ラヤス

シャトー・ラヤスへの訪問希望は高瀬さんにも出来ない相談かな?と思っておりましたが、運よく実現しました。なにしろ当主エマニュエル・レイノーは気難しい性格でフランス国内のワインジャーナリストでさえ彼のシャトー内の参観は稀との事でした。この後アヴィニョンやデクサン・プロヴァンスの酒屋で「俺、レイノーに会ったよ」と主人に言うと大概目を丸くして驚いていました。「お前、そりゃ凄いよ!」なんですって。

デュックでゆっくりしてしまい、少し慌ててラヤスに向かいました。場所が少し離れた場所でオランジュ市など多少混雑する道路を通らなければならないからです。ラヤスまでの路沿いは緩やかな起伏のある葡萄畑がうっそうとした森林の中に点在し、時折立っている道標には畑の地名が記される。これが良く知る名前ばかり。この辺りはヌフパプでも最上の部類の畑ばかりなのです。しばらく田舎道を走り森の中の一軒家であるシャトー・ラヤスに到着しました。

ちょうど当主エマニュエル・レイノー氏が剪定作業から戻って来たところで、トラクターのかたづけを待って蔵内を案内してもらいました。それにしても噂通りのシャトーのたたずまいで「RAYAS」と書かれる表札の類は一切ない程です。これに輪をかけて驚いたのが蔵の中でした。古色蒼然と言うべきか壁の至る所に黒かびが密生し、貯蔵庫の樽は古樽と言うよりは太古樽です。ロバート・パーカーjr氏などの著作でこのような状態はある程度は知っていましたが、これほどとは思わなかった。しかも真っ暗な室内には小さな電球がひとつあるのみ。本当に樽の隅から今にもドルイドが出て来そうです。

テイスティング

テイスティングは2002年ものからです。

         CdR フォンサレット・ブラン

         CNdP ピニャン・ブラン

         CdR フォンサレット

         CNdP ピニャン

         CNdP ラヤス

2003年のワインは古樽熟成中のものを樽から飲みました。

         CdR フォンサレット・シラー

         CNdP ラヤス

心配されていた2002年の作柄は最小限の影響に止まった様子です。未だボトリングされておりませんが、早晩通常通り市場に出る事でしょう。フォンサレットやヌフパプは例の複雑で優美なフィネスに溢れておりました。

2003年のワインは古樽で熟成中ですが、これを樹齢毎の樽からサンプリングしました。フォンサレット・シラーはラヤスのキュベでも6000本しか出来ない希少品ですが味わいは北部ローヌのシラーとは性格が全く異なる。意外に固さのない言わば取っ付き易さを感じられる余韻を持つのです。

「日本の酒屋さんだそうだが、私のワイン(ラヤスの事)は一年にどれ位輸入元から来るの?」と逆取材されちまった。(^^; 「○本だけなんですよ」(○の中の数字は勘弁してね)「おぉ、そりゃラッキーだよ。パリの一流レストランだってそんなもんだよ。」とエマニュエル氏は平然と答える。自分のワインが市場で如何様に扱われているかを熟知しているのでしょう。最初は人見知りするような風情の彼もテイスティングが進んで行く内に次第に饒舌となり、樽毎のテイスティングではラヤスのワインにおける醸造技法の一端を垣間見る様な体験も出来ました。しかし、解説の最後にエマニュエル・レイノー氏がこう付け加えたのは非常に印象的でした。

「ラヤスのワインの本質は葡萄畑の持つミクロクリマにあると言えます。此処では周囲に30ha以上の農地を所有しますが、耕作地は8ha以下です。その他は潅木、雑木林、池など自然をそのまま残す。その地形とこの辺り固有の気象条件がラヤス独特の味わいを醸し出すのです。」

既にもう屋外は暮れかっております。別れは惜しいが去る事にしました。レイノーに挨拶し、記念にサインを記帳していただき(写真)、畑を見る時間が無かったので急いで周囲のグルナッシュ畑を撮影(おそらくCNdPラヤス)、妙になつかれてしまったラヤス家の大きな犬ともお別れしました。

来る時は気づかなかったが、森の奥、隣のシャトーはドメーヌ・デュ・カイユーなんだそうです。またまた帰りは夜になってしまった。でもこの3日間でコート・デュ・ローヌの旅のフルコースを戴いた気分です。いや、満漢全席級かもしれないね、おなかイッパイです。

2004/3/22

 

 

“旅のエピローグ”に続く

 

HOME